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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)9632号 判決 1985年6月04日

原告 甲野二郎

右訴訟代理人弁護士 高橋勇次

右同 金澤均

被告 株式会社 甲野精器製作所

右代表者選定取締役 甲野松子

被告 甲野一郎

右被告両名訴訟代理人弁護士 髙井和伸

右同 中井宗夫

主文

一  原告と被告らとの間において、別紙株式目録記載の株式について株主の権利を行使すべき者が原告であることを確認する。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙株式目録一記載の株式五〇一二株はもと訴外甲野太郎の所有であったが、昭和四七年一一月一一日、同人の死亡によりその配偶者であった訴外甲野花子並びにその子である被告甲野一郎(以下「被告一郎」という。)、訴外乙山春子、同甲野夏子、同丙川秋子及び原告が共同相続し、更に、訴外甲野花子の持分については、昭和五三年四月一〇日、同女の死亡によりその子である被告一郎他四名が共同相続した。また、別紙株式目録二記載の株式一六〇〇株はもと訴外甲野花子の所有であったが、前同様その子である被告一郎他四名が共同相続した。この結果、別紙株式目録記載の株式(以下「本件株式」という。)合計六六一二株は、現在被告一郎他四名がその法定相続分の割合により遺産として共有しており、被告株式会社甲野精器製作所(以下「被告会社」という。)の株主名簿にも被告一郎他四名の共有と記載されている。

2  被告一郎他四名の共有者は、昭和五九年七月七日、本件株式につき株主の権利を行使すべき者(以下「権利行使者」という。)一名を定めるべく協議し、その結果、被告一郎を除く共有者四名の賛成により原告を権利行使者と定め、同月一六日到達の内容証明郵便でその旨を被告会社に通知した。

3  しかるに、被告会社は、同年八月一三日の第二五回定時株主総会の開催に際し、右の通知にもかかわらず、原告に対し、株主総会の招集の通知を発せず、原告が本件株式につき権利行使者であることを争う。また、被告一郎は、共有株式についての権利行使者の指定は、共有者全員の同意を要する旨主張して、同じくこれを争う。

4  よって、原告は、被告らに対し、本件株式についての権利行使者が原告であることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告らの主張

1  請求原因1記載の事実中、本件株式は現在被告一郎他四名がその法定相続分の割合により共有していることは否認するが、その余の事実は認める。

2  同2記載の事実中、原告主張の内容証明郵便が昭和五九年七月一六日被告会社に到達したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3記載の事実は認める。

4  本件株式は共同相続人の合有に属するから、本件株式についての権利行使者の指定は、合有者全員の同意を要する。すなわち、遺産分割までの遺産の共有の性質は、いわゆる合有説の立場が妥当であり、ことに本件の場合には、原告が訴外甲野太郎から多額の生前贈与を受けていること並びに訴外乙山春子、同甲野夏子及び同丙川秋子が遺産である土地の一部を既に分割取得していることに鑑みれば、本件株式のみが共同相続人によって法定相続分の割合により共有されていると解することは著しく不公平である。したがって、本件株式は、相続人全員によって合有されているというべきであり、合有財産である本件株式についての権利行使者の指定は、合有者全員の同意を要すると解すべきである。

5  仮に、本件株式が共同相続人によって法定相続分の割合により共有されているとしても、共有株式についての権利行使者の指定行為の性質は、共有物の管理行為ではなく、処分行為であるから、共有者全員の同意を要する。すなわち、共有株式についての権利行使者の指定は、共有者相互(内部)の関係においては、広汎かつ重要な権限を包括的に委託する一種の財産管理委託行為といわなければならない。なぜなら、株主権は自益権と共益権によって構成されるが、共益権の行使ことに議決権の行使は、本件のような場合には、取締役の選出等においてキャスティングボードを握ることになり、会社経営の死命を制することになるからである。

また、共有物の管理行為とは、共有物をいかに利用又は改良するかという問題であって、ここでは共有者間の利害が一致しないとしてもその利害の対立が軽微であることが前提とされている。そして、このような前提の下で共有物の管理行為については、多数決原理が導入されているのである。しかるに、本件事案においては、議決権を行使するという場面においては、被告一郎とその余の共有者との利害の対立は顕著であり、議決権行使の結果、原告側だけが利益を得、被告一郎は回復のできない不利益を被むるという関係にある。かかる場合にあっては、議決権の行使をもって管理行為ということはできないし、共有株式についての権利行使者の指定行為が右議決権の行使と密接不可分の関係にある以上、右指定行為をもって管理行為ということはできない。

更に、議決権行使の結果の重大性に鑑みれば、遺産たる共有株式につき権利行使者を指定するについて共有者間に争いがある場合には、遺産分割をこそ優先して処理すべきであり、共有株式についての議決権の行使が共有者の一部の者の反対でできなくとも止むを得ないし、暫定的、過渡的共同所有関係の下ではそのような結果も法律の許容するところである。

三  被告らの主張に対する原告の反論

1  遺産共有の法的性質が民法二四九条以下に規定する共有であることは、既に確立された判例(最判昭和三〇年五月三一日民集九巻六号七九三頁)である。

2  商法二〇三条二項の権利行使者の指定行為の性質は、共有物の管理行為である。

商法二〇三条二項の趣旨は、専ら共有株式に関する議決権の行使、配当金の受領等の株主の権利行使につき、会社の事務処理の便宜のため権利行使者一名を定めさせ、その者に権利行使をさせることにより権利行使及びその事務処理を単純化する点にある。したがって、商法二〇三条二項により権利行使者が指定されたとしても、株主は準共有者全員であることに変りはなく、権利行使者は、会社以外の関係では何らの地位をも取得せず、もとより共有株式につき処分権限を付与されるものでもない。つまり、権利行使者は、共有株式について共有者全員を代表して、会社に対する関係で株主の権利を行使するが、それは、会社の事務処理上の便宜のために認められるにすぎず、共有株式についての法律関係に変更を加えることを意味しない。

また、共有株式の全株式に占める割合が大きく、権利行使者の議決権の行使が経営上重要な意味を持つことがあったとしても、それは、会社の株主構成、共有株式の全株式に占める割合、各株主の意思その他権利行使者の指定以外の諸事情によるものであって、権利行使者の指定行為の法的性質とは別個の問題にすぎない。このことは、共有株式の全株式に占める割合が僅少である場合には、権利行使者の指定は会社の経営にほとんど影響を及ぼさないこと、また、たとえ共有株式の全株式に占める割合が大きい場合であっても、全株主の経営に関する意見が統一されている場合には、権利行使者の指定は経営上特別の問題を生じないこと等を考えれば明らかである。以上のように、商法二〇三条二項の権利行使者の指定は、単に会社の事務処理上の便宜のために共有株式についての権利の行使を単純化したものにすぎず、これにより株式の準共有関係に何らの変更を生ぜず、権利行使者も共有株式について処分権その他何らの権限を取得するものではないことを考慮すれば、その指定行為の性質は、準共有物の変更ないし処分行為ではなく、管理行為であるとみるのが相当である。

また、商法二〇三条二項は、株主権行使の機会を保障しようとする趣旨をも含むところ、権利行使者の指定に共有者全員の同意を要するとすると、共有者のうちの一人でも反対すれば結局共有株式についての権利の行使が不可能となり、権利の行使を希望する多数の者の利益が害され、権主権行使の機会を保障しようとした同項の趣旨に反することにもなる。

更に、遺産分割との関係については、遺産分割前であればこそ共有株式についての権利の行使が問題になるのであるから、遺産分割を優先して処理すべきだということになると、商法二〇三条二項の規定は、遺産共有の場合には機能しないことになり、その意義は実際上失われてしまうであろう。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1記載の事実中、別紙株式目録一記載の株式五〇一二株はもと訴外甲野太郎の所有であったが、昭和四七年一一月一一日、同人の死亡によりその配偶者であった訴外甲野花子並びにその子である被告一郎、訴外乙山春子、同甲野夏子、同丙川秋子及び原告が共同相続し、更に、訴外甲野花子の持分については、昭和五三年四月一〇日、同女の死亡によりその子である被告一郎他四名が共同相続したこと並びに別紙株式目録二記載の株式一六〇〇株はもと訴外甲野花子の所有であったが、前同様その子である被告一郎他四名が共同相続したこと、同2記載の事実中、原告主張の内容証明郵便が昭和五九年七月一六日被告会社に到達したこと並びに同3記載の事実は、当事者間に争いがない。また、同1記載の事実中、本件株式は被告会社の株主名簿にも被告一郎他四名の共有と記載されていることは、被告らにおいて明らかに争わないから、自白したものとみなす。

次に、《証拠省略》によれば、被告一郎他四名の共有者は、昭和五九年七月七日、本件株式につき権利行使者を定めるべく協議し、その結果、被告一郎を除く共有者四名の賛成により原告を権利行使者と定めたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  そこで、以上の事実関係の下で原告の請求の当否について検討するに、

第一に、本件株式は、被告一郎他四名がその法定相続分の割合により準共有しているものと認められる。この点について、被告らは、原告が訴外甲野太郎から多額の生前贈与を受けていること並びに訴外乙山春子、同甲野夏子及び同丙川秋子が遺産である土地の一部を既に分割取得していることに鑑みれば、本件株式のみが共同相続人によって法定相続分の割合により準共有されていると解することは著しく不公平である旨主張し、《証拠省略》によれば、訴外乙山春子、同甲野夏子及び同丙川秋子が遺産である土地の一部を既に分割取得していることが認められるが、本件株式について遺産分割がされていない以上、本件株式は被告一郎他四名により法定相続分の割合により準共有されているものと解する外なく、遺産の一部について共同相続人の一部がこれを分割取得したこと及び共同相続人の一部の者が特別受益分を有することは右解釈の妨げとはならないものと考える。

第二に、商法二〇三条二項の権利行使者は、会社との関係において議決権行使、配当の受領等の株主の権利を行使するについて準共有者全員を代表する者にすぎず、株主が準共有者全員であることには何ら変わりがないこと、第三者との関係においては、準共有株式についての処分権その他何らの権限を取得するものではないことを考慮すれば、その指定行為の性質は、準共有物の管理行為と解するのが相当である。

被告らは、議決権行使の結果の重大性に鑑み、その指定行為の性質は準共有物の変更又は処分行為である旨主張するけれども、議決権行使の結果が会社の経営に重大な影響を及ぼすのは、会社の株主構成、準共有株式の全株式に占める割合、各株主の意思等権利行使者の指定行為以外の事情に左右されるからに外ならず、この故をもって権利行使者の指定行為の性質を準共有物の変更又は処分行為とみることは、事の本質を見誤まるものといわざるを得ない。

最後に、被告らは、準共有株式についての権利行使者の指定に一人でも反対する準共有者がいるときは、よろしく遺産分割をこそ優先すべきである旨主張するけれども、そのように解すべき条文上の根拠及び実質的合理性はないから、この点に関する被告らの主張も理由がない。

三  以上のとおり、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高柳輝雄)

<以下省略>

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